思いと想いの違いは?聞かれて大丈夫な正しい回答はコレ!

思いと想いの違いは、理解しにくい面があると思います。思いの正しい使い方は、

思いの意味は、想いの正しい使い方は、想いの意味は、などにつきまして紹介します。

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思いの正しい使い方は?

思い 想い 違い
思いは、ほとんどのおもいと表現する場面で思いという字が使われていますので、一般的に使用されているなじみ深い漢字だと思います。

また、おもうという訓読みが常用漢字であるのは思うだけですので、公文書や新聞記事で想うという漢字が使われることはありません。心の中で思いを巡らすことや、こまごまとしたことを考える場合は、基本的に思いの表現が、正しい使い方になります。

思いを遂げるという使い方や、思いがかなうという使い方の他、色々な使い方をします。

「シェーナウの思い」1/6

思いの意味は?

思いは、こまごまと考える、おもい巡らすなどの心の働きや状態を意味しています。思索や思考、思案や意思、思慕や相思など多数の熟語に思の字が使われており、通常のあらゆる場合には思いの漢字を使うことが圧倒的に多くなります。

想いの正しい使い方は?

想いは、思いに比べると一般的にはあまり使われることがありませんが、芸術の想を練るということで、構想、詩想、楽想などの熟語があります。

これらの熟語は、小説や詩、音楽や絵画などの作品について考える意味で使われることが多く、ある対象を心に浮かべるという意味を持つ漢字であると言えます。

想いの意味は?

想いは、心におもい浮かべることやおもうこと、芸術の構想を考えることという意味があります。

想いの熟語は、連想や夢想、発想や回想、空想や想像などがあり、ある対象を心に浮かべる気持ちが強い場合や、芸術作品の組み立てなどを考える場合に想いが使われ、特に芸術作品などを創造する際の基本となる想いが重要な意味を持つことになります。

豆知識

思うという言葉で最初に浮かぶのは、哲学者であるデカルトの、「われ思う、ゆえにわれあり」という言葉です。

哲学者であるが数学にも秀でていたデカルトは、座標という概念を発明しましたが、真理を得るためにあらゆることを疑うという方法的懐疑の姿勢を取り続けました。その結果、疑っている自分の存在だけは確実だということを自覚して、「われ思う、ゆえにわれあり」という有名な言葉を残しました。デカルトの言葉に限らず、思うという言葉からは、哲学的な思索を感じます。

想いにつきましては、作家の阿部公房氏の「発想の周辺」という対談集がありますが、阿部氏が三島由紀夫氏や大江健三郎氏をはじめ、国内外の著名な作家や芸術家の人達と、発想や芸術、小説などについて対談する興味深い内容の本です。

体験談

思いにつきましては、学生時代の修学旅行の思い出や、スポーツクラブでの練習の厳しさや試合の緊張感の思い出があります。

修学旅行は、誰でもが思い出を持っていると思いますが、中学と高校が東京でしたので、二度京都に行きました。京都の街並みや、法隆寺などの寺院の印象が思い出として強く記憶に残っています。スポーツは、高校時代の柔道部の思い出が強烈です。夏の過酷な練習や、私立の強豪校に試合に行った時の緊張感は、今でも忘れられません。

想いにつきましては、現在記事の他にビジネスの内容を中心とする小説を書いておりますので、毎日ビジネス時代の体験を反芻して作品の構想を練ることや、色々な書籍やマスメディアの情報、映画や歌等々の刺激により、想像力を高める努力をしております。

まとめ

想い 思い 違い
デカルトが残した言葉の、「われ思う、ゆえにわれあり」という言葉に示されていますように、人間は自分自身の存在をかけて生きていくことが運命づけられているのかもしれません。

また、心に浮かぶ想いを組み立てて、作品を生み出していくという、やむにやまれぬ創造的な欲求を抱えている存在なのかもしれないと思います。

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